2012.12.21
今日長年使用していたユンボを入れ替えました。
中越地震の時にたんぼが壊れてどうしようもなかったので、急遽安価なものを探して県外までいって買ってきてからもう7年。
圃場整備はもちろん、木の伐採や自分の家の解体まで相当がんばってもらいました。
しかし御年20年以上・・さすがにあちこちガタがきて最後にはしょっちゅうキャタピラが外れていました。
そのお陰であまり必要のない能力「キャタピラはめ」の技術を習得しました。
トラックで運ばれていく姿になぜかドナドナ・・・とつぶやいてしまいましたが、これからは(多分海外で)第三の人生?ユン生??を過ごすことでしょう。
ありがとう黄色いユンボ・コベルコバックホーSK03! 世界のどこかでがんばれーー(
^o^)ノ
‘魚沼産コシヒカリ奮闘記’
おつかれユンボー
放射能取材
2012.10.24
今日は朝から放射能(原発)に関する取材が3件もたてつづけにきました。
内容は、新潟にある柏崎の原発が全てメルトダウンしたら、魚沼市も避難区域になる可能性がある。
ということについて、魚沼産のお米を作っている農家の立場からどう思うか?というものでした。
避難区域になれば、農業は当然できず、即路頭に迷う訳ですが、仮に何年かかけて除染できたとしても、その後の風評被害で再起はおそらく無理でしょう。
それに農地は3年放っておくと元に戻すのは非常に困難です。
放射能は、日本一のブランドも、有機栽培で培った安全な土壌も、先祖代々守ってきた農地も、農家の安全な物を作ろうという意欲までも、一瞬にして奪い去ってしまいます。
これを、子供達の代まで残したくはありません。
今、「私たちが」何とかしなければいけない課題だと思います。